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2016-07-20

【No.57】「誰かのために」より、「誰かを●●●」やる。

あることを調べていて、
3年前の手帳を見返したら、
こんなことばが、書いてありました。

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「誰かのために」より、
「誰かを思って」やる
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野球のイチロー選手のことばです。
新聞か何かにインタビュー記事が載っていたのを
メモしていました。

「誰かのためにやる」
は、聞こえはいいし、
悪くはないと思います。

けれど、時に、思い上がった感情になって
少々やっかいになりがちですと、
書いてあったように記憶しています。

場合によっては、
「恩着せがましい」という状態になるかもしれません。

一方、
「誰かを思って」やる。

見返りを求めない愛情を感じます。
自分自身がやりたくて、やっているという状態。

誰かを思っている心がある。

イチロー選手なら、
「ファンのために、ヒットを打つ」
のではなく、
「ファンを思って、ヒットを打つ」。

いかにもイチロー選手らしいですよね。

2つを比べると、
「ファンを思って、ヒットを打つ」の方が、
より自分の意思を感じます。

このメモを見つけたとき、
今、子育てに悩みを抱える友人のことが
頭をよぎりました。

親が、いくら「子どものために」イロイロ言っても、
子どもの行動や意識を、親が変えることは出来ません。

子ども本人が、その気にならない限り変化は難しい。

「子どものことを思って」、時には、子どものことを忘れて(?)、
親は、親自身ができることをするしかないです。

親は、明るく生きている手本を
見せることしかないのかなと、今の私は思います。
(自分のときは、こんなに冷静に判断出来ないんでしょうけど…汗)

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「誰かのために」より、
「誰かを思って」やる
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は、

『 信じて期待せず 』
に、とても近い気がします。

相手のことを信じているけれど、
期待は、しない。

「期待は失望の始まり」でもあります。

相手に期待しすぎると、いいことはありません。
「信じる」くらいが、ちょうどいい。

ことば1つで、意識が変わるので、
私自身は
「信じて、期待せず」
を、よく頭の中でつぶやいています。

今日のメールマガジンは、友人のことを思って書きました。
事態が少しでも好転することと、
他の方にも参考になることを信じて。

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