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2016-11-14

【No.174】続けてみる。

日曜日のお能の発表会、お陰さまで無事終えました!
わざわざ観に来て下さった方、
何人かの方からいただいた応援メッセージ、どうもありがとうございます!!

ちゃんと左足から舞台に上がり(笑)、
「今の私の力」は、出し切ってきました。

そして翌日、なぜかお尻のほっぺが筋肉痛。
緊張しすぎて、お尻に力が入っていたのでしょうか?(笑)

お能を始めて、3年目に突入し、発表会に出るようになって4回目。
(年に2回、春と秋にあります)
やっと、今までより真面目に練習したので、その分、楽しめた気がします。

お能を鑑賞しても、楽しめないし、
仕舞(しまい)は難しいし、
私には向いてないから、やめようかと思ったこともありました。

「私の普段の生活にはピンとこないけれど、この貴重な縁には何かがあるかもしれない」

「人と違ってナンボ」

「古き日本語に触れることは、大きな価値がある」

「関わり続けることで、何かが起こるかもしれない」

などの言葉を自分の中で、なんどもグルグルさせていました。

お能を鑑賞することに関しては、
「感動したい! 昔の人と同じように心を振るわせたい」
ということが一番です。

特に、次のことは自分に言い聞かせていました。
「関わり続けることで、何かが起こるかもしれない」と。

まだ3年目に突入しただけで、偉そうなことは書けないですが、
1年や2年目には、無かった感覚は芽生えてきました。
恥ずかしい話、何度言われても、右から左に通過していたことが、
少しずつ頭に残るようになってきました。
気になるところも増えた気もします。

知り合いの方も少し増え、
いつもとは違う方々とのふれあいも楽しいです。
(高校生から人生の大先輩まで、個性的な方々)

今回の発表会で改めて感じたことを2つ挙げるとすると、

1.やったら、やった分はある。
やらなかったら、後退はあっても、前進はない。

2.やり続けることの大切さ。

とか書いておいて、私がいつまで続けるかは、不明です(苦笑)

ただ、何でも続けた方がいい、関わり続けた方がいいと伝えたいわけではありません。
「何かおかしい」「何かイヤだ」みたいな感覚があったら、
止めるという選択肢を考えた方がいいと私は思います。

何かを始めると、世界が少しひろがり、あらためて、自分の無知さを感じます。
そんなことも教えてもらっている気がします。